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桐島部活やめるってよ。桐島の正体や飛び降りの考察。メタファーとしても描いてそう

ヒューマンドラマ系ムービー

(※本ページはプロモーションが含まれています)

「桐島部活やめるってよ。」すごく面白かったです!

いろいろなシーンで、

「ここって、こういうことを表してるのかな?」

というとこがあったので、僕が気になった考察ポイントを解説していきます!

ネタバレあり

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桐島の正体とは


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ラストで桐島かもしれない人物が映る以外は、一切その姿が描かれない桐島。

姿が見えないですが、正体というか人物像は、

  • 裏表がない気持ちのいい性格
  • 文武両道で才能がある

といった人物なんだろうと思います。

そして、まあ高校生ですよね。

個人的には「桐島」は正体うんぬんより、
「桐島」という理想的な人物像を”見えない存在”として描くことにより、

手の届かない存在である

ということを強調しているのでしょう。

そんな存在が突然いなくなることによって、周りの”理想的でない人物たち”が、どういう思いを抱くのか

といったことを描き出すためのメタファーとして「桐島」を機能させている

のだと思います。

くわしくは以下で

【深く考察】「桐島」は実在の人物だけど、メタファーでもあるのだろう


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劇中「桐島」は登場しません(ラストのあの人物が桐島?)

物語のなかでは、桐島は絶大な影響力を持っていた人物として描かれてます。

しかし、「桐島」という人物には、

  • 何者かになれた者
  • 万能の存在

というメタファーとしての意味もこめられているのではないでしょうか。

桐島と一緒にいれば、お手軽に自分が何者かになれたように思え、虚しさを覚えることが少なかった。

ところが、突然桐島がいなくなることで、自分の虚しさに向き合わなければならなくなった。

  • 何者かになる
  • 充実した生活
  • 熱くなれる

そんな生き方ができればと、どこかで思いながらも、

  • がんばればある程度うまくいくだろうけど、何者かになれるわけない
  • だから、がんばったって仕方がないんだ
  • どうせダメなのに、あんなふうにがんばってるのはダサい

みたいなふうに思っていた。

みんなが「桐島」みたいになれるわけじゃないのに、努力したって無駄なんだ

そんな冷めた者として、少なくとも野球部のユーレイ部員菊池 宏樹は描かれていたのではないでしょうか。

桐島が飛び降りたのは、座っていた屋上から隣の建物の屋上へなのでは?死んだわけではないと思う


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「桐島、部活やめるってよ」の評判調べてると

最後、桐島は飛び降りて(死んだ?)

みたいな書き込みを見かけたように思います。

もし最後に屋上で座っていた人物が桐島なら、

  • たしかに飛び降りたが、
  • 隣の建物の屋上へ飛び降りた

だと思うんですが、どうなんでしょう。

さらに同一人物らしき者が、屋上に上がる階段のとこですれ違ってますよね。

少なくとも桐島らしき人物が地上に飛び降りたわけではないと思います。

ラストの桐島に電話している菊池のシーンは、そんなお手軽に充実した人生送れないよという暗喩


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ラスト、もう日が暮れたなかでも練習する野球部員たちを見ながら、菊池は桐島に電話をかけます。

菊池は桐島は電話に出ないと分かっていた。

それでも、この虚しさをどうにかしたくて桐島に電話をする衝動を抑えられなかったのでしょう。

もし、もし桐島が電話に出れば、また一緒に過ごせて、この虚しさから少しは解放されるかもしれない。

そういう一縷の望みが菊池にはあったのだと思います。

菊池は野球部のキャプテンが、ドラフトで選ばれるわけもないのに、

  • ドラフトまでは引退せず部活を続けている
  • 夜遅くまで一人で素振りの練習をしている

という様子を見て、

なんで?そんなにがんばったって報われることはないじゃないか!

と思いつつも、

野球部のキャプテンは毎日好きな野球に熱中していて充実している(たぶんキャプテンは野球大好きなはず)

そのことが菊池は羨ましかった。

桐島への電話一本で菊池はこの虚しさから解放されたかったのかも。

でも桐島は出ない。
電話一本で虚しさがなくなるわけがない。

そんなお手軽に心の底から充実した日々を過ごせるようにはならないよ、という暗喩でもあるのかもしれません。

なんでも効率を重視しすぎる傾向があるんじゃないかと思う現代社会。

そんな社会でも生きがいが欲しいなら、前田や野球部のキャプテンのように、不器用でもいいから物事に取り組んでいくことが大事なんじゃないか。

そういうことを伝えようとしてくれているのかもしれません。

たぶん初めてちゃんと前田と向き合って話しかけた菊池の思いとは

ラストで菊池は映画部の前田とちゃんと向き合って話しました。

菊池にとって前田は、空気みたいな存在だったのでしょう。

しかし、桐島がいなくなり菊池は急にむなしさがこみ上げ、

前田や野球部のキャプテンのことが気になり始めたのではないか。

  • 前田は、バカにされても自分が好きなことに夢中で取り組んでいる
  • 映画監督になるとかアカデミー賞をとるとか、ほぼ無理と本人は言ってる
  • それでも、前田は毎日熱い思いで映画作りに取り組んでいる

それなのに俺(菊池)は、

  • そこらの者より俺は野球がうまい
  • でも、プロになれるほどかというと、そうは思えない
  • だったら、野球がんばったって仕方ないじゃないか

と思うようになり、野球部に出なくなった。

でも未練がましく野球部の鞄だけは持ち歩いている。

  • 前田は、たとえほぼ報われないだろうに、いつも夢中で映画に取り組んでる
  • 野球部キャプテンは、ほぼ声がかかるはずもないのにドラフトが終わるまでは、練習に出て野球に取り組んでいる

そんな2人に対して、菊池は早々にあきらめてしまった。

夢中で取り組めるものがなくなった菊池は、万能の才能をもつ桐島と一緒にいることで、なんとか自分の心のバランスを保っていたのではないでしょうか。

  • ある程度できるからこそ、先が見えてしまった。
  • だから、もう昔の自分には戻れない

そんなふうに自分は思っているのに、なんであいつら(前田や野球部キャプテン)は、あきらめてしまわないんだ…

というのが菊池の心の流れなんじゃないかな〜って思うんですよね。

なにごとにも夢中になれなくなった菊池は、桐島ならこの心の隙間を埋めてくれるんじゃないかと、

そんなわけないじゃないかと思いつつも
でも、桐島ならなんとかしてくれるかも

となって、出ないと分かっていながら菊池は桐島に電話してしまったのだと思います。

前田が菊池にかっこいいと心の底から言えるのは、映画づくりに没頭しているからこそ

前田はカメラで菊池を撮影しながら、

「かっこいい」

と話します。

この前田の言葉は、菊池を映画撮影する時の被写体として見ているからこそ、

心の底からほんとに「菊池は、かっこいいな。」

と、なんの嫌味もなく言えたのでしょう。

同じ男として、ちょっとは容姿に関する嫉妬とかありそうなもんですが、

前田の言葉からは、まったくそんな嫉妬の感情は感じられない。

前田は映画を創ることにのめり込んでいるからこそ、自分のこととか一切気にすることなく純粋に、

「かっこいい」

と言えたのだと思います。

菊池は、そんな前田の、

  • まっすぐでなんの嫌味も嫉妬もない
  • 映画制作に夢中になっているからこそ出てくる

その言葉から、前田と自分の違いを突きつけられたように思えて、つい涙ぐんでしまったのかもしれません。

「ああ、昔は俺もこんなに一生懸命になってできることがあったはずなんだ。」と。

【まとめ】まだまだ考察ポイントありそう

ということで「桐島部活やめるってよ。」の考察記事でした。

ほんと「桐島部活やめるってよ。」って考察できるシーンが多いですよね。

こんなにも見応えるのある作品だとは見る前は思っていませんでした。

「桐島部活やめるってよ。」気になってる人は、ぜひ見てほしい映画です。

考察好きな人は、とくに好みに合うと思いますよ。

それでは「桐島部活やめるってよ。」見ることにした人は楽しんでください!

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