映画「言の葉の庭」の感想。こんなにも何回も繰り返し観た作品は、久しぶりでした。

日本庭園
言の葉の庭、すごく良かった。最高でした。何回も繰り返しhuluで観ました。

映画で、見終わった後、観てた側が、心の底から揺さぶられるものを感じるのがあるっていうのを、まざまざと思い出させてくれました。

私は、言の葉の庭を観ている途中で、観終わった後で、この映画で感じていた感情を「忘れていた」ことを思い出したような気がします。
なぜだか、これでいいんだっていう感じがしました。

新海監督の映画には、監督自身の人生のストーリーっていうのにも感動させられます。

監督の人生って、ちょっとしか知らないけれど、最初は、ほとんど一人で自主製作アニメーションを作っていたっていうのは知っています。

そこから始まって、この「言の葉の庭」になって、さらに「君の名は。」の大ヒット。
はっきりいって、凄すぎる人だと思う。
そのことに、憧れます。

新海監督のインタビューかなにかで、もう一度好きだったことを思い出してほしい
みたいな話しがあったと思う。

言の葉の庭を見ていると、昔、子どものころ、どいうことが好きだったのか、どんなことに夢中になっていたのか、学生のころ、なにに憧れていたのか・・・そういった気持ちを、もう一度思い出したいと思った。
空しい日々とか、絶対嫌だと思う。

あらすじ

高校生の秋月孝雄は、靴職人を目指していた。雨の日の午前中は、学校をサボって有料公園の東屋で靴のデザインを考えたりして過ごすのが習慣になっていた。
そんなある日、孝雄が、雨の日、いつものように東屋に行くと、そこに1人の女性が座っていた。
孝雄は、その女性と、少しずつ話すようになっていくのだが…

細やかな演出

何回か、言の葉の庭を観ていると、すごく細やかな演出がされているのが分かります。

たとえば…

■2:40あたり
冒頭、雪野と孝雄が、初めて雨の日に新宿御苑の日本庭園の東屋で出会うシーン。

孝雄が雪野が東屋に座っているのを見た瞬間、それまで流れていた雨の音などの環境音がしなくなり、一瞬、無音の状態になる。
一瞬の無音と雪野の顔のアップの後、環境音が、再び鳴りだす。
音の演出というのだと思う。

一瞬、無音になることで、孝雄が雪野のきれいさや雰囲気に惹かれるのを表現してるのかな。

イヤホンで聞くと、それが、よく分かる。
イヤホンで聞いていて、初めて分かった。
言の葉の庭は、音の細かいところまで聞きたいと思った。

■後半の雪野と孝雄が藤の花の屋根のところにいて、途中で豪雨が降ってくるシーン。

実は、雨が降り出す前、雪野と孝雄が話しているときに、バックで、うっすらと「ゴロゴロ…」っていう雷の音が鳴っているんです。
一回観ただけでは気づきませんでした。

こういう繊細な演出が、いたるところでされているのだと思います。

そして、なんといっても、一番印象的なのが光の使い方。
雨降るなか、雲間から雨と光が降り注いでいるのが、すごくきれいでした。
雨音も、すごく心地いいです。

それに雨が、ただ降っているんじゃなくて、風の流れに乗っていたり、雨脚が強くなっては引いていくっていう表現があったりと、すごく細やかに描かれています。

描かれる風景、全てが素晴らしかったです。

ビルの天辺で、赤い光が明滅していて、街の喧噪の音が鳴っているシーンって、なぜだか分からないけれど、すごく埋没感みたいなのを感じて、胸に響くものがありました。

ただ赤い光が明滅するだけなのに、夕焼けとか黄昏時だからなのか、その風景と音だけで胸に迫るような、なにかがあるんですよね。不思議です。

教室の窓とか雪野の部屋の窓から見える他人が住むマンションの窓に灯りが点くっていう演出がありました。
バックの風景の中にも、人が息づいているっていうのを出したかったっていうことなんでしょうか。

全力で、たそがれている

学生のころ、休憩時間に窓に寄りかかって外を見ていると、友達から「なに、たそがれてるんだよ!」って言われて、からかわれたことがなかったでしょうか。

新海監督の映画は、この「たそがれる」のを全力でやっています。

映画の冒頭で、孝雄が駅で空を見上げるシーンでモノローグが始まるというのがあります。

人によっては、なんて「くさい」キャラクターなんだと思うかもしれないけれど、この映画全体のトーンが、こういうモノローグに覆われているので、そういうものだとして観ることができますよね。

最後のシーンの雪野と孝雄が、お互いの想いをぶつけ合うところで、このモノローグが破られます。

このシーンも、人によっては、恥ずかしくて見てられないってなるかもしれない。
でも、映画だから、雪野と孝雄の二人だけの世界になっているからいいと思う。

そして、もし、このシーンを実写でやったら、すごく白けてしまうような気がするのは、なぜでしょうか。
アニメーションは、現実よりも、物事や風景を、きれいに見せることができるのかも。

新海監督の作品は、その点が、ものすごく飛びぬけて優れているのだろう。
聖地と言われてる新宿御苑に実際に行ってみたっていう人の動画を見てみたが、アニメのほうが圧倒的に美しい風景でした。

孤悲

この映画は「孤悲」っていうのがキャッチフレーズみたいなので使われています。
孤悲って、万葉集で使われている言葉とのこと。

孤悲って、「こひ」でもあり「こい」=恋でもあるのでしょう。

雪野も孝雄の関係は、お互い心が通い合ったと「今まで生きてきて、一番幸せかもしれない。」という二人の心の中の声が重なるところで最高潮に達する。

けれど、孝雄が心の中の言葉を「雪野さんを好きかもしれない。」と声に出して伝えたとたんに、雪野が自分の中に閉じこもることで、もろくも二人の関係は崩れてしまう。

どこかのインタビューで、監督は雪野の倫理観から、そうなったと言ってました。

雪野が孝雄の学校の先生だと分かるまで、孝雄は雪野に仕事のことや、名前さえも聞かなかった。

孝雄は、雪野に、そういったことを聞くことで、雪野が雨の日の東屋に来なくなってしまうんじゃないかっていう怖さがあったのかも。

雨の日の東屋ということだけで繋がっている、そんなもろい関係だった。

雪野が孝雄に「靴がなくても…」と言うことで、雪野にとって孝雄は邪魔だったと孝雄に思わせてしまう。

ここで、孤独で悲しい二人になってしまう。

もし、結末が、ここで二人の関係が終わって、孝雄が、一人寂しく雪野のことを想うっていうようなシーンで終わっていたりしたら、「言の葉の庭」を何回も繰り返し観たかどうか分かりません。

ラストシーンで雪野が孝雄に抱き着いて、思いっきり泣きます。

もしかしたら、雪野という人は、ここまで自分の中の想いを他人に伝えたのは、初めてのことだったのかもしれないという感じがします。

雪野は孝雄のことを、自分の想いを素直に言っても受け入れてもらえそうだと感じていたのかな。
だからこそ、孝雄と自分の部屋で過ごした時間が、今までの人生の中で一番幸せかもって思えたのでしょう。

孝雄も、ラストシーンで、自分の想いを雪野に、ぶつけます。
「誰かに憧れたって・・・」っていうセリフですね。
このセリフって、まだ学生とか会社員だったころの新海監督の心の中の声のように聞こえた人が多かったかも。

ラストシーンで、お互いの想いをぶつけあうことで…というより、自分の中から思い切って出すことで、二人は孤悲から一歩進んだということなのかな。

雪野のファッション

雪野が、すごくオシャレに描かれていたのが新鮮でした。
コーディネーターみたいな人が協力してたみたいですね。

アニメの中で、ここまでファッションがいい感じで描かれてるのって、めずらしいような気がします。

雪野と孝雄が、雨の東屋で、だんだんと仲良くなっていくシーンがピアノに合わせて描かれます。

このとき、シーンの切り替わりごとに、雪野が着ている服が変わるんですが、そのファッション全てが、とっても雪野というキャラクターに似合っていて、きれいで、かわいらしかったりするんですよね。

すごいなって思いました。

雪野が孝雄と仲良く話すようになって、ビールとチョコレートじゃなくて、たぶんコーヒーとか、お弁当になっていたのも、良かったです。

孝雄と話すことで、雪野は沈み込んでいた心が回復してきて、味覚障害が改善してきたっていうことですよね。

それにしても、新海監督は、登場人物二人に、同じセリフを重ねて言わせるのが、すごく好きみたいですね。
それが、またいいんですよね。

「言の葉の庭」を観終わると、自分の中の想いっていうのを大切にしたいって思えます。
感極まる気持ちになるんですよね。

なんで、こんな作品を作ることができるんでしょうね。すごいです。

ファンデーションが割れて、落ち込む理由

雪野がコンパクトを落として、中の粉を割れたのを見て落ち込むっていうシーンがあります。
男性の中には、なんで雪野が、割れたファンデーションを見て落ち込むのか分からない場合があるでしょう。

なんでかっていうと、割れてしまうと、使いづらいなど不便になるからなんだそう。

新海監督が、女性スタッフに、こういう話しを聞いて、雪野のシーンに入れたみたいですね。
こういうシーンを入れるというのが、すごいです。

このシーンを観た女性のなかには、男性監督の作品なのに驚いたとか、身に染みたみたいな声があるようです。

音楽

ピアノを中心とした音楽が、これまた、この映画の雰囲気に合っていて、とってもいい感じでした。

最初の雪野と孝雄が出会って、雪野が、謎の短歌をつぶやいて東屋を去って行って、言の葉の庭のタイトルが出るっていうところの音楽とかで、ゾクッとするものがありますね。

雨音とか風の音も、単純な音ではなくて、波があって潤いもあって、すごく心地いいです。

音楽は、KASHIWA Daisuke(柏大輔)っていう人が中心になって作ったのか、新海監督が使うことにしたのかみたいです。

言の葉の庭のオリジナルサウンドトラックって『言の葉の庭』 (サウンドトラックCD付) [Blu-ray]でしかないみたいですね。

ブルーレイと、いいディスプレイで、高画質の言の葉の庭を観てみたい気持ちもあります。

これとは別に、KASHIWA Daisukeのアルバムで「88」っていうのがあります。
これが、言の葉の庭の音楽の元になったみたいです。

私は、apple musicで、このアルバムを聴きました。言の葉の庭の劇中の曲とは、ちょっと違う感じでピアノが弾かれています。

ピアノの音が際立っていて、すごいいい雰囲気のアルバムでした。新海監督は、このアルバムを聴いて、映画用にアレンジして弾いてもらったのかな?

最後のrainっていう秦基博の曲(オリジナルは大江千里)、この映画にあっていてよかったですね。
エンドロールが終わってから、孝雄が東屋のイスに完成した靴を置くシーンがありました。
そして、雪野が先生として四国(たしか愛媛)で授業をしている様子があったりして、ジーンとくるものがあります。

「君の名は。」の冒頭で、この雪野先生が登場するみたいです。

まとめ

こんなにも何回も繰り返し観た映画・アニメは、久しぶりでした。
しばらくしたら、また観てみたいです。
意見が分かれる傑作といえるのではないでしょうか。

今、「言の葉の庭」の小説を読んでいるところです。

2017年1月追記
小説読み終えました。感想はこちら↓
小説「言の葉の庭」の感想。世界観を、より深めたい人におすすめ

何人かの登場人物の独白が連なるっていう形で、それぞれの人物のことが心の中のことまで詳しく書かれています。

映画の、その後もあるみたいですから、楽しみです。

相澤祥子っていう映画では、ちょっとだけ出てきた雪野を追い詰めた女子校生が、ちょっと意外なストーリーでした。

「言の葉の庭」観終わる度に、
ちょっとずつでもいいから、自分の思うように進んでいくという勇気がもらえます。

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